スピリチュアルにある「自分軸」と「受け入れる」の意味と混ぜるな危険という話

 

ノリです。

今回はスピリチュアルによくある「自分軸と受け入れるの違いと危険性」についてお話していきたいと思います。

 

「自分軸」というのは、スピリチュアルの中でも「引き寄せ系」によく出てくる考え方で、「受け入れる」というものは、主に「悟り系」によく出てきます。

(´_ゝ`)ふーん

 

ではまず本題に入る前に、「自分軸」、「受け入れる」それぞれについて簡単に説明をしておきたいと思います。

 

「自分軸」って何?

自分軸というのは定義付けもいろいろあって「絶対こうだ!」というものはないんですが、簡単に言うと「自分(の感情)を優先する」という事です。

 

逆の言葉では「他人軸」というものがありますけど、これは他人の顔色をうかがって「自分の本音」を出せない人です。

 

  • 人にあわせ過ぎる。
  • 他人の目がとても気になる。

 

などの特徴があります。

思い出してもらうとわかりますけど、小学校などの学生時代って個人差はありますがこういう「他人軸的」な傾向が強かったなと思います。

 

何を隠そう僕自身も学生時代はそういう部分けっこうありました。笑

 

自分軸というのは、よく言えば精神的にも他人に振り回されない「自立した大人」。

 

「自分の軸」というものをしっかりと持った状態になるので、人の目や他人の言動にあまり影響を受けなくなります。

 

ただ、この自分軸もあまりに「行き過ぎる」と、ただの自分勝手や相手の気持ちを感じる事ができなくなったりと、いわゆる「独りよがりの人間」になってしまうというデメリットも同時にあります。

「人の事なんてどうでもいい!自分さえよければそれでいい!」

というようなカンジですね。

 

この「二元性」の世界は「天秤」のようなもので、この自分軸に限らずどんな事でも「バランス」というものが大事になってきます。

 

どちらか片方に傾き過ぎると、先ほど言ったようなデメリットが出てきます。

 

そしてこれは例えると「炎の揺らぎ」のように絶対的なカタチはなくて、「完璧」なバランスも存在しません。

 

ただ完璧はないんですが、「より完璧に近いバランス(状態)」を目指すのは成長もあるし、いい事だと思います。



「受け入れる」って何?

よく悟り系のお話に出てくる「受け入れる」という考え方があります。これも「どこからどこまで?」という明確な定義付けはなくて、いろいろな考え方があります。

例えば、

 

「あなたにとって嫌いな人も受け入れましょう。」

「あなたに起きている出来事を受け入れましょう。」

「嫌いな自分を受け入れましょう。」

「受け入れられない自分を受け入れましょう。」

 

というように、「受け入れる」という言葉一つとってみてもその対象が「他人」なのか?「環境」なのか?「自分」なのか?と、他にもまだまだありますが「何を受け入れるのか?」で様々なパターンがあります。

 

この「受け入れる」という考え方はどちらかと言えばイメージ的に「やろう」としてやれるものでもなくて、「自然とそうなる」という事だと僕は思います。「そういう状態」ですね。

 

以前説明した「人生のステージ」の話に当てはめてみると、「自分軸」というのはステージ2(自己実現のステージ)的な考え方で、「受け入れる」というのはステージ3(貢献のステージ)的な考え方です。(これもハッキリとした境界線はなく、あくまで大まかなイメージです。)

 

「受け入れる」というのは比較的ステージの高い人の考え方で、ステージの低い人が無理にそこに合わせようとすると逆に苦しくなる場合も出てきます。

 

そしてこの「受け入れる」も先ほどの自分軸と同じで、「完璧」は無理です。

 

少し想像してもらえばわかるように、肉体と感情を持った人間が「この世のあらゆる事を受け入れる」というのはそもそも無理な話だし、できたらできたでそんな人はもう人間ではなく、逆にこの世に存在する必要も意味もないです。笑

(´_ゝ`)あらやだ先生

 

なのでさっきと同じで、完璧は無理でも「それに近い状態を目指す」ことはアリだと僕は思います。(正確には「目指す」ものではないですけどね。笑)

 

「自分軸」と「受け入れる」はそもそもベクトルが違う

ここまで「自分軸」と「受け入れる」についてそれぞれ説明してきました。

 

先ほども少し言ったようにこれらはそれぞれ「ステージ(段階)」が違うので、向かっているベクトル(方向)がそもそも違います。

 

もちろん「人生のステージ」というのはみんなそれぞれ違い、それぞれに今世での「学び」があるので、ある視点から見ればどのステージがよくてどのステージが悪いというものはないです。

 

  • 「自分軸」というのは「ベクトルは自分」
  • 「受け入れる」というのは「ベクトルは自分を超えた他人」

 

スピリチュアルや自己啓発を一生懸命勉強している人ほど、いろいろな知識が入り過ぎてしまい、「アレもやってみよう~!」「すごい!これもやってみよう~!」といろいろ実践していくうちに、知識がごちゃ混ぜになってしまいベクトルもごちゃ混ぜ状態になって、幸せを目指していたつもりが逆に苦しくなるといった事も起きたりします。

 

これは車で例えると「アクセルとブレーキを同時に踏んでいる状態」で、これは想像しただけでもなんか苦しそうですよね。笑

(´_ゝ`)エンジン壊れる

 

もちろん人にもよりますが順番としてまず「自分軸」が先で、自分を大切にしてある程度自分にスペース(余裕)が出てきてはじめて、自然と他人を「受け入れる」ことができるんだと思います。

 

そして先ほど言ったような「アクセルとブレーキを同時に踏む」ようないわゆる「スピリチュアル難民」状態がダメなのか?とかそういうことではなくて、そういった経験も起きたということはある意味「必要」で無意味ではなかったということです。

 

以前説明した日本神話の「海幸彦山幸彦」でいえば、釣り針をたくさん作った「足し算の期間」ですね。

 

実は人生においてこの「足し算の期間」ってめちゃめちゃ大事で、ここでやったことや苦しんだことが後の人生にすごく影響してきます。映画や小説で言うところの物語の「伏線」のようなものです。

 

そして過去にあった「マイナス」と思っていた出来事は大きければ大きいほど、「再定義」をすることによって後々「プラスのエネルギー」になって還ってきます。

 

もちろんこれもプラスになって還ってくるのか?さらにマイナスな人生を送るのか?もそれを定義する「自分次第」であり自己責任です。

 

というわけで今回は「自分軸と受け入れるの違いと混ぜるなキケン」について書いてみました。

この話のポイントとしては、

 

  • 自分軸と受け入れるはベクトル(方向)が逆。
  • どちらにせよ偏り過ぎるとバランスを崩し逆効果になることがある。

 

ということですね。それぞれにメリットデメリットがあるので、そのあたりの「バランスも大事」になってきます。

 

スピリチュアルに出てくる考え方は薬品と同じで「混ぜるな危険」なものもあり、どれを採用しようと結局は自己責任です。

 

この記事が一人でも誰かのヒントや参考になれば幸いです。

 

 



 

[画像出典 https://unsplash.com]

 

9 Responses to “スピリチュアルにある「自分軸」と「受け入れる」の意味と混ぜるな危険という話”

  1. 2年以上ぶり?
    ふとノリさんの名前を思い出して、検索したらブログ発見!!
    言い回しが相変わらずで、読んでいて嬉しくなりました♪
    合間を見て、ゆっくり読ませていただきます(^^)

    • Bikke兄さんお久しぶりです。

      「ふと思い出して」もらいありがとうございます。笑
      相変わらずぼちぼちとブログ書いているんでいつでも遊びに来てくださいね。(^^)

  2. はじめまして。

    半年くらい前から娘が
    スピリチュアルに目覚めたとかで
    やりたくないことは何もしない方が良いとか、お金が全てではないとかで仕事も辞めてしまいました。
    そうした自分を高める生活をしていると自然と愛する人が援助してくれるみたいな
    意味のわからないブログをはじめておりました。
    スピリチュアルが何なのかもよくわからない私は手当たり次第
    携帯にぎりしめて知ろうとし、
    ここにたどり着きました。
    何を勘違いしてるのか、私の考えがおかしいのかよくわからなくなってしまいました。

    ただ、高額のセッションを開催するお知らせもあり
    他人さまにご迷惑をかけているのではと心配になりました。
    新興宗教にのめっているかたとおなじなのでしょうか。
    そうなると話しが通じないのかな、とか不安になるばかりです。
    どのようなことにポイントを置いて話を聞くのが良いのか
    ご面倒でなければお知らせください。
    よろしくお願いします。

    • るりるりさんはじめまして。コメントありがとうございます。

      コメント返信のイメージをしてみたところだいぶ長くなりそうなので、笑 るりるりさんがよければですけどこのコメントに関してのブログ記事を書いて、それを僕からの「返信」というカタチはどうでしょうか?

      もちろん「NO」やるりるりさんの承認がなければ記事にはしないので、よければまたこのコメント欄に返信してください。(^^)

  3. ノリさんへ

    お返事いただきありがとうございます。
    ブログというのはこの場所に
    お尋ねしたいことをお伝えすればよいということでしょうか?
    文章力に自信なし、でうまくお伝えできるかわかりませんが。
    それでもよければよろしくお願いします。

    • るりるりさん承諾ありがとうございます。

      文章力なんて僕自身ないですから安心してください。笑
      まずるりるりさんが娘さんに関して気になるポイントを箇条書きでもいいので、このコメント欄に書いてみてください。

      それを元に僕がお答えできる範囲でブログ記事として書きますので。
      年末でお忙しいと思うので、返信はいつでも大丈夫です。

  4. ノリさんへ
    こちらころ、こんな年の瀬に私の話を聞いてくださり感謝いたします。
    娘は学校卒業してから
    ずっと働き、親元から離れても自立して生活しておりました。
    昨年結婚し、随分遠くに住むことになりこれまでのように出会う機会がなくなりました。
    今の世の中ですから電話でもメールでもありですが、
    新しく出発した2人には用事がない限りこちらからコンタクトすることはしていませんでした。

    今年の夏までは自分の発信している情報など、
    みてみて、とメールしてきてましたのでそれなりに感想を送ったりしてました。

    ところが唯一無二の自分、
    とかいうフレーズでブログを立ち上げてから
    自分をリセットするために
    仕事も辞めます、と宣言。

    そのあたりからブログは存在がなくなりました。
    そのあたりから連絡もなくなりました。
    どうしてるのかなあと思いメールしても返信は随分たってからだとか、
    時には携帯落として連絡遅れたとか
    以前と少し様子が変でした。

    親と話すことが禁止されるような
    サークル?にであったのか?
    とかザワザワして
    前のブログ名を頼りにツイッターにも目を通しておりましたら

    ありました。

    新しいブログにもリンクするようになっていて
    その中で私たちとの空白の時間に
    かかれた記事に絶句です。

    どっかでみたことのあるような、眩しく光りを放つ絵や
    天に向かって伸びていくような絵を載せ、
    神さまからのメッセージなどと
    書き込みがありました。

    最初のころは
    自己啓発セミナーにでも言ってるのか、みたいな内容でしたが、
    ヒーラー 、とか
    エネルギー、とか
    チャネリング、とか

    しかも
    神様からこんなメッセージ頂きました。

    と言うだけで、そのメッセージが自分をどう変えたとかとかの情報はなく、
    最後には高額なセッションを提示して終わり、というパターンです。

    自分を愛し、前だけ見て突き進んでいく先に
    愛ある人が支え援助してくれるだから、苦しくても頑張るという決心をした。
    その過程でお金が無かったり
    批判する人がでてきたりするのは
    自分を愛する努力が足りないのだ。

    大好きな旅をするにも
    給料もらってだったらその給料の中で許せる範囲のところにしか行けない。
    愛のある生活をしていれば
    報酬はいくらでも自分で決められる。
    などなど。

    ???
    この辺りから理解に苦しむのですが、こんな考えから
    なんの勉強もせず突然神さまと通じ合えるようになったと錯覚している娘は
    数時間のお話をするだけで、私の
    パート代をも上回る報酬を受け取る権利があると思っているのでしょう。

    ノリさんのブログは少ししか拝見しておりませんが
    物事にはバランスが大事ってところがすごく響きました。
    私にも欠落しているなぁと反省しております。

    百歩譲って娘が神さまに通ずることができていたとしても
    今存在している現世でしか生きていられない以上
    生きるってことはお金が必要だし
    そのためには働いて報酬を得るしかないと思うのですが。

    そんな折、娘から
    お金貸してほしいとメールがきました。

    電話しました。
    お金なくなったの?ときくと
    うん、というだけ。
    たぶんお正月の帰省代もないのでしょう。
    まあちゃんと出会って話さないと
    ますます閉ざしてしまうと思い
    このことには触れないでおきました。
    お正月に返すというので
    (返すお金があるのなら貸してなんて言わないわな、と心ではおもってました)
    少しばかり送りました。

    と、次の日
    ◯◯稲荷にて
    とブログ更新。

    娘も自力でこういう世界に入ってはないと思うので
    誘う方へのセッション料やら
    神さまとお話しする神聖な空間に出かけるお金に四苦八苦しているのだと察します。

    随分長々書いて申し訳ありません。

    お伝えした現状で
    たぶん帰省してくるであろう娘に

    人の悩みにつけ込んで大金を
    とろうとしていることに気づかない娘に

    今後も少しずつでも
    人さまに迷惑かけずに生きていくよう伝えるためには
    どうしたらいいのかと思うばかりです。

    なんか変と感じるようになってからは私からのメールの返信が何日もおいてからになっていたのも
    講師?の方に相談してからの返信だったのかなぁと思ったり。

    ピンポイントの質問にはなりませんでしたが
    ご理解いただけましたでしょうか?

    よろしくお願いします。

    • るりるりさん詳細ありがとうございます。

      具体的にとてもわかりやすく書いていただいたので、おかげで娘さんとるりるりさんの状況がとてもイメージしやすくなりました。

      この件に関する記事は来年1月中には書けると思うので、もうしばらくお待ちください。
      それではよいお年をお過ごしください。

  5. ノリさんへ

    ありがとうございます。
    押し潰れそうな気持ちを
    このお返事でなんとか保てそうです。

    新しい年が明るいものになるよう
    祈りながら
    ご縁に感謝いたします。
    ノリさんもお健やかによいお年を
    お迎えください。
    合掌

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