「人生がつまらない」原因とは?
今回は「人生はつまらない?」というテーマからお話をしていきたいと思います。
(´_ゝ`)ふーん
「私の人生ってなんだかつまらないな、、」
という思いを抱いて生きている人は、この世の中に一定数はいるかと思います。
これも「つまらない」という言葉を、どういう「視点」から言っているかにもよります。
それは孤独感や虚無感からくるものなのか?
退屈な日常生活に対する刺激を求めるようなものなのか?
この世にはいろいろな「つまらない」があります。
どの「つまらない」の解釈が正しい、間違っているというものはなくて、視点の数だけ解釈があります。
エネルギー視点の「つまらない」
このブログでよくお話する「エネルギー」という視点から見て、この「つまらない」を解説すると、それは一言で「分離」しているから起きると言えます。
世界と分離しているから、「つまらない」、「虚しい」、「孤独だ」という感情が出てきます。
もちろんこれもある視点から言えば、そういった孤独感やつまらないというマイナスの体験も「必要だったから起きた」とも言えるので決して悪い事ではないです。
エネルギー視点から言うと、
- 「つまらない、孤独」=「分離」
- 「楽しい、充実」=「一体感」
というイメージですね。
これはどういう事かと言うと、
「こうなったのはあいつのせいだー!」
「私のやっている事なんてなんの意味もないな、、」
「人生ってなんて無意味でつまらないんだろう、、」
というようなマインドの場合(いい悪いは置いておいて)、世界と分離している状態なのでエネルギー的には下がっている状態です。
「エネルギーが下がる」というのは、「この世はすべてエネルギーで出来ている」という言葉もあるように、
「エネルギーが下がる」=「幸福度が下がる」
とも言えます。
関連記事→人生の幸せにも影響する【エネルギー(波動)が低くなる意外な原因】とは?
またエネルギーとはイコールで、「運気」と言い換える事もできます。
これとは逆に、
「今の自分があるのはあの人のおかげ。」
「出来事にはすべて意味がある。」
「人に喜んで貰えると自分も嬉しい!」
というようなマインドの場合は、世界との「一体感」が強い状態なのでイコールで、
- 「エネルギーが高い」
- 「幸福度(運気)が高い」
と言えます。
そしてエネルギー(波動、運気)が高まり世界との一体感が強くなるほど、スピリチュアルで言うところの「ワンネス」という状態に近くなります。
ワンネスとは一言でいえば、
「すべては一つ」
というなんだか謎解きのような言葉になりますが、笑 詳しく知りたい人はこちらの記事を参考にしてみてください。
関連記事→【ワンネスとは?】スピリチュアルにある話をわかりやすく説明します
また人生において、「つまらない」と感じるのも「楽しい」と感じるのも、ある視点ではそれ自体にいい悪いはなく、
「すべて勘違い」
とも言えます。
「つまらない」というチャンス
「ああ、、なんて人生はつまらないんだろう」
と思えるという事は、ある意味で素晴らしい事だと僕は思います。
それは「気づき」のチャンスとも言えます。
人はこの世界で日常生活(現実)に追わています。
毎月の支払い(お金)の為に働く。
趣味や娯楽のために時間を使う。
生きるために病院に通う。
それは「お金」であったり「時間」であったり「健康」であったり様々です。
どれが「いい悪い」という事ではなくて人は、
「私の人生はつまらない」
「私の人生には意味がない」
と考えている時点で、自分自身を少し「俯瞰して見ている」という事でもあります。
自分自身を少し俯瞰して見ているという事は、別の言葉にすれば、
「少し高い次元(視点)から自分を見ている」
という事です。
逆に言えば俯瞰して見ていなければ、そもそも「私の人生には意味がない(つまらない)」という事自体、考えないです。笑
スピリチュアルのお話で悟り系にも出てくる、
「この世はただの暇つぶし」
という言葉もあるように、ある視点から言えばこの世のすべてには「意味も価値もない」です。
だから「人生はつまらない」という言葉は、ある意味で正しいちゃ正しいんですね。笑
(´_ゝ`)まじ卍
ただ、あくまでも「視点の一つ」なのでこれは好きな人、嫌いな人に分かれます。
「つまらない」という贅沢
「人生がつまらない」という言葉を聞いて僕が思う事は、
究極の贅沢
という事です。
人生がつまらないと思える事自体、贅沢な事だと僕は思います。
もちろんこれも考え方は人それぞれなので、「それは違う!」という人も当然いると思います。
なぜ僕が「贅沢」だと思うのかと言えば、例えばお金がなくて今日食べる物も手に入るか分からないような生活をしている人は、「人生つまらない」と考える余裕もないからです。
例えばあなたがお笑い芸人だとして、明石やさんまさんのやっている「踊るさんま御殿」に出演しているとして、いつ何時お笑いモンスターのさんまさんから、話をフラれて面白い返しをしなければいけない状況で「人生つまらんな~」と考える余裕なんてないですよね。
(´_ゝ`)どんな例え?笑
今日飲む水を確保するために必至に生きている人がいます。
難病でも一日一秒長く生きようと一生懸命生きている人もいます。
人生がつまらないと言える状態は、ある意味で「余裕」があるから言えます。
本当の意味でこの世に絶望していたら、とっくに自ら命を絶っていると思います。
また人生がつまらなくて、刺激のある人生を送りたいのなら今ある「安定」を壊してしまえばいいと僕は思います。
例えば今ある貯金をすべて寄付してしまうとか、今の仕事を辞めて自分で会社を作ってしまうとか。
「退屈」って壊そうと思えば自分でいくらでも壊せます。
ただ、人生に「刺激」を求めるなら、同時にそれだけの「覚悟」も必要になってきます。
まとめ
僕が「人生はつまらない」という人におすすめな考え方は、刺激のほうではなく先ほどもお話したような、
「人に喜んでもらえる事が自分の幸せ」
という一体感の生き方です。
こういう生き方は誰も損をしないし、エネルギーが循環して幸福度も高まるので、結果的に「人生はつまらない」と思わなくなります。
人生は極論を言えば「暇つぶし」なんですが、この世に生まれて限りある人生を送るなら
「人生は面白かった!」
と言って最期を迎えたいと僕は思っています。
関連記事→【自分なんて必要ない】孤独感が強い人の原因とそれを克服する考え方
何かの漫画で、「この世の中は小さな事件も起きている」及び「五体満足で生きているだけでもいいじゃないか」(うろ覚えです)というセリフがあって、今回の記事と似ている気がしました。
この漫画の作者さん、深いことを言っていたのかな?
平凡な一日でも人間は満足できるし、無理して、刺激を求めなくてもいい。
退屈だったら、少しずつ変化を与えていけばいいものです。人生にいい悪いはないから。
そうなんですよね。「平凡」な日々が結局いちばん贅沢だったりします。
akikoさんコメントありがとうございます。