脱スピリチュアル騒動での批判と原因について僕が今さら思うこと

 

ノリです。

今回は分かる人はタイトルからも分かるようにかなり個人的な記事を書きたいと思います。

 

というのも知らない人は全然分からない内容になるので、「まあ知らない人はほっとこ」というスタンスでこれから書いていきます。笑

 

所詮、僕がただ「思ってるだけ」の場末の個人ブログなんで。。

(´_ゝ`)開き直ったよ

 

今からだいたい3年くらい前の話になります。ネットで「脱スピ騒動」「脱スピリチュアル」とか検索すると今でもその事に関しての情報がそこそこ残っていると思います。

 

当時、僕は無料のGooブログの方で別のスピリチュアル系のブログを書いていました。

 

僕も全ての情報を把握しているわけではないので、大まかな事しか説明できないんですけど、

「そもそも脱スピって何?」

「なぜ騒動が起きたのか?」

という部分について僕が思う事を書いてみたいと思います。

 

そもそも脱スピって何?

これは「脱スピリチュアル」の略で、この言葉はもう少し付け足すと「スピリチュアルを商売にしている人から脱しよう!」という感じだったと思います。

 

なので「スピリチュアル」というもの自体を否定していたわけではないです。まあ何を信じようがそんなの人それぞれですからね。

 

じゃあなぜ「スピリチュアルを商売にしている人から脱しよう」という話が出たのか?「火のない所に煙は立たない」という言葉もあるように、やはり何か「起こる」という事はそこに「原因」があります。

 

脱スピ騒動が起きた発端は、やはり消費者側の「不満」が原因でした。

 

当時、ブログランキングにいわゆる「脱スピブログ」といわれるブログが次々と誕生し、あるジャンルのランキング上位に並ぶようになったんですね。その中に僕の「ノリのブログ」もありました。

 

僕自身、自分のブログが「脱スピブログだ!」と思った事はなかったんですけど、当時から言いたい事を言っていたからなのか「脱スピブログ側」に認知されるようになっていました。

 

そして事の発端は、高額な「瞑想ビジネス」をやっていたスピリチュアルを商売にしている人(仮に「販売者さん」とします)に対して不満を持っていた人が、脱スピブログでその事を書きそれに共感した人達が集まり一時、そこのブログランキングは異様な雰囲気になっていました。

 

そして当時、僕のブログは「超短文のキャラクター」だったのであまり言えませんでしたが、改めてこのブログで僕の「脱スピ」に対するスタンスをきちんとお話したいと思います。

 

まず結論から言えば「スピリチュアルを商売にする事」自体、僕は全然オッケーだと思っています。

 

そもそも「スピリチュアルを商売にするな!」なんて言う権限なんて誰にもないですからね。笑 商売するならドンドンやってもらえばいいと思っています。

 

それと同時に一消費者としては、商売としてやるならちゃんと「お客さんに満足してもらえるもの」を提供して欲しいと思っています。それが「プロ」ですから。

 

僕自身も今現在、自営業者なのでお客さんにサービスを提供してお金を頂く以上「その金額以上満足させる!」という気持ちで仕事をしていますし、それがプロとして当然の「意識」だと思っています。

 

脱スピ騒動はなぜ起きたのか?

脱スピ騒動の発端になったのはまさにこの部分で、その販売者さんがやっていた高額な瞑想に対しての「不満」が原因のようでした。

 

瞑想自体、世界的にも有名だし最近ではそこそこブームだったり人気もありますよね。それに対して「高額」でも僕は全然いいと思うんです。お金を払うお客さんが同等かそれ以上に満足して帰るなら。

 

ただこの騒動の時の様子を見ていると、その高額な瞑想に対して不満な人が多いんだな~という印象を受けました。そして販売者さんはさらにその後、いわゆる「悟り」をテーマにした高額の通信講座のような事を始めていました。

 

僕も当時その様子をリアルタイムで見ていて先ほども言ったように、僕の気持ちとしては「お金を払うお客さんが満足するなら別にいいやんかいさ」という感じで見てました。

 

そしてまたそこでも「問題」が起きました。

 

細かい経緯は当事者ではなかったので分からないんですが、どうやらその通信講座の対応や姿勢についてのクレームだったようです。

 

そうした販売者さんに対する消費者の「不満」が集まり、その事に対して参加者の一人が詰め寄った結果、販売者さんはこんな感じの返答したのを覚えています。

 

「私は今まで長い間この仕事をやってきたが、クレームを言われた事は一度もない。」

 

たしかこんなニュアンスだっと思います。そして当時僕はこれを見て、「あ~この考え方はアカンわ」と思いました。

 

正直、僕はこの販売者さんの事をよく知らないしサービスを直接受けた事もないのでわかりません。ただ、この状況を客観的に見ていてまず「起きている事」はお客さんの不満(クレーム)です。

 

お客さんにお金を頂きサービスを提供する側(プロ)としては、そのクレームに対して「初期対応の早さ」が求められます。この初期対応の甘さが騒動の原因の一つだったと思います。

 

これは最近書いた某大学のアメフトタックル問題の「記事」でも書いた事です。

 

もちろん人間なので「完璧」は無理です。いくら一生懸命「お客さんに絶対満足してもらうんだ!」と頑張っても100%満足してもらえるのは難しいです。

 

僕も自営業をやっているのでそれはわかります。でもだからこそ、何かお客さんからクレームが出たらよほどの理不尽な内容でない限り、すぐに対応しないとビジネスとしてやるなら意識としてマズイです。

 

そして僕がもう一つ思ったのが、「クレームは一度もない」という部分。これは一言で言えばビジネスをする上での「認識の甘さ」です。

 

これが騒動の起きるきっかけとなった原因の2つ目だと思っています。先ほども言ったように、人間がやることに「完璧」なんてないです。

 

人間には「相性」というものがあるので、どんなに「よし!今日は良い仕事したぞ!」と提供した本人が思っていても、それを受けたり側は必ず満足するとは限りません。ましてや「目に見えないもの」を商品として扱うなら特にです。

 

ビジネスをする以上、「100%クレームなんてない!」なんて事はまずあり得ないと考えておく覚悟しておく必要があります。

 

実際に「クレームがない」としても、それは消費者が提供者に直接「言わなかっただけ」という可能性が十分にあります。逆に言えば一人からクレームが出た場合、それと同じ事を思っている人が「100人」はいると考えておくぐらいでちょうどいいです。

 

「私のやっている事は100%大丈夫だ!」

「文句を言ってくる客はおかしいし間違ってるんだ!」

 

という意識でビジネスをしているとするなら、この考え方は正直かなりヤバいと僕は思います。どう「ヤバい」かは僕がわざわざ説明しなくてももうわかりますよね。笑

 

「本当にお客さんに満足してもらえただろうか?」

「もっとお客さんに満足してもらうにはどうしたらいいんだろう?」

 

という考え方が「プロ意識」です。

 

瞑想にしても通信講座にしても、お客さんからお金頂いて提供している以上、「プロ」です。

 

スピリチュアルというジャンルの中でも「悟り系」と呼ばれるものは、マインドの奥底のどこかに「自分は神」という意識があるので、どうしても自分以外の「他人」という存在を軽視してしまう事があるんだと僕は思います。

 

この「自分は神」は「視点」によっては間違ってはないんですけど、この世界では基本的には役に立たない概念だし、バランスがあまりにそっち側になると「お客さんをナメてしまう」という事が出てくると思うんですね。

 

「悟り系」のお話というものは、この世界ではやはりメリットデメリットがあります。

 

そしてこのデメリットの部分がこの二元性の世界では(特にビジネス)通用せずに、過去にあった脱スピ騒動のきっかけになったのではないかと僕は思っています。



消費者側の問題点

ここまでは販売者側についての問題点について書きましたが、それだけでは視点に偏りがあるしフェアではないと思うので、最後に「消費者側の問題点」について僕が思う事を書きます。

 

「売る側」に問題があったとしても、「買う側」にも同時に責任があります。

 

瞑想にしても通信講座にしても「誰かに無理やり買わされた!」わけではないと思うので、当然買う方の意識にも問題があると思います。

 

瞑想にしろ通信講座しろ「なぜそれに対してお金を払ったんですか?」と質問したらどういう回答が返ってくるんでしょうか?

 

僕はどちらも詳しい内容は知らないのであくまで憶測でしかないんですけど、おそらく「見返り」を求めてお金を払ったんだと思っています。

 

「人生が好転する」

「今よりもっといい事が起きるようになる」

 

お金を支払う以上、ましてやその金額が高額ならなおさら「見返り」や「期待」をするのが人間です。

 

ただスピリチュアル系のような「目にみえないもの」が商品の場合、少し厳しい言い方になりますが「見返りを求めた時点で負け」だと思っておいたほうが無難です。

 

逆に金額以上の見返りを感じた場合、「ラッキー!」ぐらいに思っておいたほうがいいです。目に見える商品なら確認もしやすいし、何か気に入らない場合でもクレームが指摘しやすいですよね。

 

だから目に見える商品には、基本的に期待や見返りを求めてもいいと思います。逆に「目に見えない商品」は効果の確認もしようがないし、何かあってもクレームの指摘がしにくいです。

 

だからといって僕は別に「目に見えない商品は買うな!」とは思いません。買いたい人はたとえ高額でも買えばいいと思っています。

 

ただ買うときに「見返り」とかを求めず、「別に効果とか期待してないけど、○○さん(提供者)の事が好きだから買うの!」ぐらいのノリならいいと思います。

 

アイドルグループのAKBの選挙の時みたいに、お気に入りのアイドルを応援するために「投票権が欲しくてCDを買うファンみたいなカンジ」ならいいです。笑(このシステムがいい悪いの話は割愛で)

 

あの状態はまさに見返りを求めてなくて、(全てとは言いませんが笑)「あの子が好きで応援したいからオレはお金を支払うんだ!」というスタンスです。逆に後で文句を言ったりクレームを入れるようなら、そもそも最初っから買わないほうがいいと思います。

 

ただ、こういう「目にみえないもの」を商品化している場合、「これをすれば(買えば)あなたにはこんな素晴らしい未来が待っていますよ」という謳い文句が多いのも事実です。

 

そしてこういう謳い文句に反応してしまう人はいろいろな意味で「弱い」人なので、わらをもつかむ思いでその「訪れるかわからない未来」のために高額なお金を使ってしまいます。

 

結果、消費者全員にそんな未来が訪れるわけもなく、「話が違うじゃないか!」とトラブルの原因になります。

 

逆に提供者側は当然、こういった「リスク」も込みで考えて商売しないとダメですけどね。

 

そして提供者側はもちろんビジネスなので、当然話を少し「盛って」ます。これはウソとか詐欺という事ではなくて、これは商品が少しでも多く売れるための戦略なんです。

 

理想論と現実

例えばスーパーの食料品なんかで、袋に「おいしさ20%アップしました!」と書いてあったりしますよね。これは消費者側に少しでも「興味」を持ってもらうために話を少し盛っているんです。(クドいようですがこの場合も嘘を言ってるわけではなく、ちゃんとおいしくする努力も実際にされていると思います。あくまでも「例え話」として笑)

 

でもスーパーの食料品は金額がカワイイので「食べてみたけどおいしさ20%もアップしてなかったわよ!せいぜい15%アップよ!話が5%違うじゃない返金して!」とクレームを言われる事はまずないと思います。笑

 

悟り系の話によくある「起きる事がただ起きてるだけだよ~。だからリラックスすればいいんだよ~。」というものがありますけど、消費者はこういう販売者側のセールストークをまともに受けてはアカンのだという事です。

 

悟り系の話はあくまでも「ある視点」だけの話であり、肉体を持った私たち人間には「絵に描いた餅」「机上の空論」という理想論に過ぎない話だという事を「知って」おく必要があります。

 

現に脱スピ騒動の時に、その販売者さんは自分を批判しているブログを「リラックスして見ている事」ができなかったんですね。

 

具体的な内容はここでは書きませんが、普段言っている事と実際にやっている事が違うな~というのが印象的でした。この時、販売者さんは気づいていたかはわかりませんが、ある意味で世間的に「試されていた」んだと僕は思っています。

 

何を試されていたのかと言うと、販売者さんが普段言っていた「どんな事があってもそれは起きてるだけだからリラックスすればいいんだよ~。」というメッセージをいざこの現実世界で自分の身に起きた時に、それを身をもって実践できるのか?という事を当時いろいろな人が見ていて試されていたんだと思います。

 

結果いい悪いを別にして、その販売者さんが言っていたメッセージは「ただの理想論だった」という事が証明されてしまいました。

 

当時その「起きた事」を見ていて僕が感じた事は「やっぱりそうなったか、、」という事でした。

 

悟り系といわれる話のほとんどは「理想論」です。この販売者さんのように普段特に問題のない時はそういう「綺麗事」を言っていられるんですが、実際に自分の前に問題が起きた時、それは「砂の城」のように脆く崩れ落ちます。

 

というのは、この販売者さんが悪いとかそういう話ではなくて、この世界はちょっと悟り体験、見性体験をしたぐらいで「楽勝」になるような、そんなに「甘っちょろい世界」ではないという事です。

 

極論、神様だって「思い通り」にならないぐらいの世界ですから。「ポッと出」の人間が「全てを知ったようなフリ」をしてもまだまだ全然なんです。ただ「何もわからない事」がわかっただけです。笑

 

理想論なら誰でも簡単に語れますけど、実際問題この現実世界でそれを落とし込めるのか?となると無理なんですよね。

 

販売者側は商品を売りたくて「夢」を語りますが、消費者側はそれを「夢」だと見抜く眼力を持つことです。

 

消費者側が気をつけるというか必要なのは、提供者側の話をまるまる「鵜呑み」にしないという事。

 

「目にみえないもの」+「高額なもの」は特にです。

 

心が弱っているとどうしても冷静な判断ができなくなると思いますけど、そういう時ほど一度落ち着いて「これは本当に今自分に必要なものなんだろうか?」と自問自答してクールダウンするといいと思います。

 

一度落ち着いて考えてみて、それでもどうしても欲しいもの(参加したい)なら自己責任と覚悟をしながら購入すればいいです。

 

 

話を少しまとめてみると、脱スピ騒動で「スピリチュアルで商売する人反対!」という主張の人もいましたけど、僕はスピリチュアルというもので商売するのは全然オッケーだと思っています。

 

そして商売するなら「ちゃんと」やって欲しいと思っています。

 

騒動の元となったのは、提供者側の「初期対応の甘さ」そして「プロ意識」だと感じました。それと同時に「消費者側の責任」もあると感じました。

 

騒動の全体をリアルタイムで知っている人は「いやいや~脱スピ騒動で肝心なのはそこじゃないでしょ?」と思うかもしれませんが、今回「そこ」にはあえて触れません。

 

僕が今回言いたかったのは、そこまでに至るようになった「根本原因」の部分です。

 

そして僕が思う事は、今後もこういう「脱スピ騒動」のような事は対象になる人が変わるだけで、繰り返されていくと思います。

 

「こういう事が二度と起きないようにしよう!キリっ」とか爽やかな事は特に思っていません。笑

(´_ゝ`)だろうね

 

脱スピ騒動についてちゃんと記事にした事がなかったので、今回僕なりの「想い」を書かせてもらいました。

 



 

 

 

[画像出典 https://unsplash.com]

 

3 Responses to “脱スピリチュアル騒動での批判と原因について僕が今さら思うこと”

  1. 初めまして、ノリさんの視点は心地いいなぁと思って拝見しました。
    私もノリさんと似た考えで「Happyちゃんがどんなに高いチケットをカモに売りつけようが、それが非常識極まりない高額でも自由なんじゃない?」と最近思うことがありました。
    高くても買ってもらえる自信があり、完売する見込みがあるから「縄文祭」は大成功だったわけで。またHappyちゃん大好きなカモたちは、どんなに高くても「その金額を払ってでも、同じ空間で一体感を味わいたい」と思って買うのなら、それは互いに需要と供給のバランスがとれていますよね!!
    (プロフィールにコメント返しは基本しないとありますが、もし気が向いたらお返事頂けると幸いです。)

    前置きが長くなりましたが・・・
    「波動探求と日本再発見と物書きをしております。」というサイトご覧になったことありますか?私はここ数日、スピ界隈で人気のHappyちゃん経由でそこに行き着きました。Happyちゃんの言ってることってけっこう本質じゃないのかなぁって思っています。(笑) サイトの管理人Takehisaさんは「アセンションして目覚めた」ようですが、スピ教祖を叩く時の表現がかなり下品で、波動が高い人が書いているように感じませんでした。(笑)
    でも、凄く頭がいい人だとは思います。

    私は、失礼を重々承知であることをお願いしてみたのですが、それに関する返事が想像以上に厳しかったので、波動が高い人ってこんな対応しか出来ないの?って不思議に思いました。本音を言うと「もう少し角が立たないように丁寧に断るぐらいのゆとり、余裕もないのか!」って思いました(笑)

    私のお願いは彼女に不快な思いをさせたかもしれませんが、その対応には正直失望しました。もちろん、コメントに対してどのように返事するのかは個人の自由ですし、言葉選びも自由なのですが・・・・私は勝手ながら波動が高い人って謙虚で思いやりがあり、器が大きく、おおらかな感じだと思っていたので、Takehisaさんは、私がイメージする高い波動の人とはかなり違うし、異質だなぁと思っています、というお話です。
    もしお時間あればそちらのサイト覗いてみて下さいね。もし気が向いたら。

    ノリさんは、中立な感じで文章を書いておられるので、なんだか「私はアセンションをした本物だから」という立場に固執して文章を書いている方と、かなり雰囲気が違うサイトでファンになりました。

    • しょうこさんコメントありがとうございます。

      情報ありがとうございます。せっかく教えてもらったのでさっきそのサイトを見てきました。
      メニューのところに「波動とは?」というカテゴリーがあったので覗いてみたんですけど、記事がなかったので他の記事とコメント欄を少し読んで今戻ってきました。笑

      僕が人様のサイトをどうこう言う権利もないですが、読んでいて感じたことは「場」です。

      サイトやブログってそこの「コメント欄」にいろいろなもの(波動も)が現れると思います。ほっこりしているところにはほっこりしている人が集まるし、批判的な場所にはそういう人(波長)が集まります。

      それが「いい、悪い」という事ではなく、ただただ「そういう場になる」という事なんですよね。

      もちろんこのサイト主の方も「これは批判ではなくただ真実を書いてます。」というスタンスでやっているように感じ、自ら望んで「そういう場」を作っているんだろうし、「それはそれで自由」と個人的には思いました。

      今から数年前の、この記事にもある「脱スピ騒動」の頃にもそういう場のブログがたくさんあったので、なんだか少し懐かしい気持ちにもなりましたね。笑

      エネルギー的な視点からみると、誰か個人を批判していく場合はいろいろな面から相当なエネルギーを消費する事になるので、長期的な視点でみると「大変そうだな、、」と思うのと同時に、コメント欄をすべて返信しているサイト主さんの誠実な姿勢を見て、「素晴らしいな、、」と横着者の僕はある意味で勉強になりました。

      Happyさんについては存在は少し知っていますが、「引き寄せでそこそこ有名な人」ぐらいしかわかりません。
      いろいろな人がいろいろな視点で情報発信をしているので、誰の情報を受け取っていくかは「本人次第」もっと言えば「自己責任」ですね。

      • お返事頂けるとは思っていなかったので、凄く嬉しかったです。
        ノリさん視点でのサイトの分析、大変参考になりました。

        波動を高くする、波動を下げない、エゴの正常化の重要性に重きを置いているにも関わらず、なぜここまでスピ教祖に執着し熱心に研究され批判(あ・・真実を公表ですかね笑)されるのか、私は不思議でなりません。
        サイト主ご自身の波動を下げることになりませんか?

        真実は、時代やその人の価値観で刻一刻と変化するもののような着がするし、そもそも「何が真実で、何が偽りか、どの真理が本物で嘘か」なんて、
        いったい誰が見極めることができるのでしょうか。

        私は、この「波動探求と・・・」のサイトを発見した時、素晴らしいなぁと本気で思って、Happyちゃんが自分と深く関わっていたので、そこを集中的に広い読みしました。
        私の知らない情報がたくさんあって、「凄いな、このサイト」って思いました。
        ですが結局、たった一度のコンタクトの際にお互いに不快を感じてしまったために、それ以降は気が進まなくなり、ノリさん話を持ち出すハメに。

        ノリさんは、コメント欄の場に「懐かしさ」を感じたそうで、本当に人って千差万別、受け取り方個々それぞれで面白いですね。確かに、一人一人にコメントを律儀に返すあたりは「真面目」とゆうか「几帳面」なのかも。
        私も無視されなかっただけマシ、ですよね(笑)

        少し話は変わりますが、ノリさんは波動を上げる方法を実にシンプルに説明されていますよね?「ただ自分がいい気分になること」だって。
        Happyちゃんも全く同じこと言うんです。
        ちょっと前の私は彼女に魅了されて、Youtubeで色々動画を漁りました。
        Takehisaさん(波動探求サイトの主)の指摘により「大金を動かし、大きなイベントを仕切り、金を稼ぎ、我欲の強い普通の人だったのね・・・」と、熱が冷めてしまったのです。でも、Happyちゃんが言ってる内容は未だに「ほんとじゃないのかなぁ」って思ってしまうのです。長文になって本当にすみません。

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